黒幕は誰? 美智子さま“逆恨み”した「侍従の告白」 側近たちが暴露した“自愛”の姿


民間から初の皇太子妃

いつから皇室は私利私欲に走るようになったのでしょうか? “お手振り”で多額の御車代が払われたり、親族が財団法人の理事になったり、結婚詐欺や公金横領をしても逮捕されなかったり、信じられないような事態が続いています。このような皇室の異常事態は、平成時代になって初めて生まれました。

なぜ皇室は堕落したのでしょうか? その元凶は誰なのか? 黒幕は誰なのか? それはずばり美智子さまに他なりません。元宮内庁職員の佐川良子さんは次のように美智子さまを評します。

「美智子さまはサイコパス気質のある方でした。初の民間出身の皇太子妃でしたから、様々なプレッシャーがあったのだと思います。その反動からでしょうか、自分より立場の弱い職員たちに対しては非常に辛辣でした」(元宮内庁職員・佐川良子さん)

確かに美智子さまは皇室にとって異質な存在でした。それまで「お妃候補」は旧皇族・旧華族から選ばれるのが当然とされていたため、当時の皇室秩序から大きな反発があったことが、様々な資料から確認されます。昭和天皇の侍従を50年以上にわたり務めた故・入江相政氏の日記からは当時の宮中の様子が克明に記されています。

東宮様の御縁談について平民からとは怪しからんといふやうなことで皇后さまが勢津君様と喜久君様を招んでお訴へになった由。この夏御殿場でも勢津、喜久に松平信子といふ顔ぶれで田島さんに同じ趣旨のことをいはれた由。

入江為年監修『入江相政日記 第三巻』朝日新聞社

香淳皇后、秩父宮妃勢津子さま、高松宮妃喜久子さま、そして貞明皇后に仕えていたことで皇室内で強力な発言力を持っていた松平信子氏が中核となり、美智子さまの皇室入りに反対姿勢を取っていたことは有名な話です。

しかし、昭和天皇の理解が後押しとなり、次第に表立っての批判は無くなっていったそうです。天皇の側近中の側近であった入江相政は当初、日記の中で美智子さまを“べた褒め”し、美智子さまが次第に皇室内での地位を確立していった様子がうかがえます。

三時前に出て黒木、田端両君と五反田の正田家へ行く。質素な家だし、みんな立派ないい方である。美智子さん、綺麗でそして立派である。

記者会見。この時の美智子さんの立派さは忘れられない。

十六日に美智子さんも交へてお文庫でお催しになったらと女官長を通じて申出たが早過ぎるとのことで駄目。何が早過ぎるのか全然分らない。

お召しだったといふので相撲がすんでから御前に出たら美智子さんの事について非常に御期待になってゐることをいろいろ仰せになる。

昼はデンマーク、コロンビア、インド各大使の御陪食、東宮妃殿下はじめてお出になり、コロンビア大使と非常によくお話しになっていらつしやった由。

同上、230、231、233、243、250頁

入江侍従は、美智子さまを婚約内定前からサポートし、お妃教育にも大きく関与していた人物です。このようなベタ褒め体質が、美智子さまを増長させてしまったのかもしれませんね。



苦労の多い東宮時代

さて、平成皇室においてもう一つの大きな変化は、皇室報道に関する介入の仕方です。その象徴となる出来事が、いわゆる「美智子さま失声症事件」なのではないでしょうか。

ことは、『宝島30』平成5年8月号に「皇室の危機 『菊のカーテン』の内側からの証言」として、「宮内庁職員・大内糺」という人物の記事が掲載されたことに端を発します。

この告発の中で、大内氏は平成皇室、とりわけ美智子さまについて「華美な生活を好み、キリスト教に親和性が高く、皇室になじまない」と痛烈に批判。これに大変なショックを感じられた美智子さまは声を失い数カ月間公務から遠ざかり、宮内庁に抗議文を発表させるという事態になりました。

もちろん、人心の批判を放置して黙っている美智子さまではありません。美智子さまは、同年10月のお誕生日に、以下のように報道機関への良識を問うかのようなコメントを発表し、過熱するバッシングを一掃しました。

どのような批判も,自分を省みるよすがとして耳を傾けねばと思います。今までに私の配慮が充分でなかったり,どのようなことでも,私の言葉が人を傷つけておりましたら,許して頂きたいと思います。

しかし事実でない報道には,大きな悲しみと戸惑いを覚えます。批判の許されない社会であってはなりませんが,事実に基づかない批判が,繰り返し許される社会であって欲しくはありません。幾つかの事例についてだけでも,関係者の説明がなされ,人々の納得を得られれば幸せに思います。

皇后陛下お誕生日に際し(平成5年)、宮内庁HP

これ以後、美智子さま賛美の週刊誌、書籍が皇室関連書籍の大半を占めるようになりました。近代皇室の歴史において、皇后が直接メディアへの“反省”を促すような動きをしたことはなかったため、一部では美智子さまを「女帝」などと呼ぶ職員も現れたのです。

「美智子さまを褒めないと左遷されるというような風潮が宮内庁内にはありました。何を決定するにも美智子さまにお伺いを立てていましたね」(元宮内庁職員・佐川良子さん)

美しすぎる美智子さま。慈愛・慈悲の代名詞として平成を駆け抜けた。

美智子さま“自愛”の姿

これまでの皇后にはなかった大胆不敵な動きをされた美智子さま。民間から初めて入内し、肩身の狭い苦しい時代を過ごされたことが、このような反骨心につながったのかもしれません。

美智子さまの皇室内での変化のきっかけは何だったのだろうか? 先出の『入江相政日記』を読むと、そこに手がかりとなる出来事が記されています。

喜久君様から電話。九時過ぎに出勤、九時四十分から十時過ぎまで哥(うた)を見てくれといふのが本論だが、あと東宮妃殿下のことなどあらゆること、いつもの通り。「このままでは皇室は亡びるだけだ」といってあげる

同上、306頁(昭和36年10月4日の日記)

この日記では、反美智子さまの中核であった喜久子さまが、美智子さまが原因で「皇室が滅びる」と嘆いている様子が綴られています。何が起きたのかまでは記録されていませんが、さまざまなイジメがあったのではないかと推測させられます。



さらに、過激な記述も残されています。入江侍従は、連日のように美智子さまへの怒りを吐露する心情を記しています。

次長から東宮妃が予の書くものについて恨んでいらつしやるから当分内廷のことについては書かない方が無難と長官が云った由。あきれたことである。(3月22日)

(中略)

東宮妃の云はれたことくりかへし考へるが誠に不愉快である。それに更にかりにさう云はれたとしてもその事が当の予の耳に届くといふやうなこと昔の側近にはあり得ないことである。(3月23日)

(中略)

又東宮妃のことが不愉快に思ひ出される。(3月24日)

同上、345頁、346頁(昭和38年3月)

入江侍従は週刊誌に寄稿をすることも多くあったので、おそらく著作のいずれかが美智子さまの逆鱗に触れたのだと考えられます。

このように、美智子さまはまだ“新米の皇太子妃”であった頃から、懇意であった入江侍従とも衝突するような勝ち気さを持ち合わせていたようだ。内部からの“改革”を推し進められ、当然皇族方からの反発も多かったのでしょう。

慈愛に満ちた開かれた皇室の印象が強い平成時代。しかしそのイメージを守るために、美智子さまは長年に渡り皇室内部やメディアとの調和に苦しんでこられたのかもしれません。

41 COMMENTS

匿名

黒幕は「美智子、秋篠宮ご夫妻、眞子、佳子、悠仁、小室夫妻、小室佳代」です‼︎

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匿名

あの旦那の態度と日本での受け止められ方をNYBCFテストに伝えてみ

アメリカ弁護士の品性って何ですかって

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匿名

黒幕はみてこ・・・今更感
もうかなりの国民は知っている
最新の女性自身、みてこがチャブの認知症を30年間支えたような記事らしいけど、いくらチャブでもそんな前から認知症ではなかったと思う。それにもしそうなら天皇にはなれなかったはず、違反じゃない?このくそ婆、自分への非難が最近増えてきたことをようやく理解してきたのか、いままでの悪事は元天皇であった夫のせいにしだしたのか?
どんなに性悪の婆なん!どれだけいままで好き勝手にやってきたの?都合の悪い人間は消したり、とことん嫌がらせをして、ただの意地悪ではない精神異常
もういつまでもこの婆さんのやりたい放題にせず精神科にでも入院させるべき
いつまで国民は婆さん、秋篠宮一家の悪行につき合わさられるのか??

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匿名

ハゼの研究との整合性がw
ハゼも皇居に押し入るための口実なんだろうけど。

第一、介護職は上皇職とは別に15人いるはずだが。

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めだかねえさん

平成美談の 化けの皮が剥がれた
人間も歳をとると 生き様が顔に現れるというが… 本当にそう思う

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匿名

基本国民の大多数は皇室に興味がないから見て子は「将来こうなりたい理想のお婆さま」像で有名だよ。
未だに慈愛の人だと大半が騙されている。

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匿名

でもみんなうっすらと「やっぱり雅子さまをいじめてたのは美智子さまだったのね~」とわかっていると思います。
ネットをやらない高齢者の方が、昔のことをよく知っているし(礼宮や上皇のこと)、
皇室に興味のない働き盛りの男性の方が「トップの交代(生前退位)に伴って、冷や飯食わされてた人(雅子さま)が返り咲いた」と理解してたり、
案外皆わかってると思います。
ただじっくり考える機会がなくて、いろいろな情報が点と点のままで、なかなか線にならない。

私は雅子さまがお出にならない皇室には興味が持てず、小室事変からのにわかですが、ミテコの洗脳が解けるのに数日間かかりました。
だけど言われてみれば、「あれ?」と思うようなことは昔からあったんですよね。

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匿名

今上陛下は聡明で誠実な方なので、皇室を利用して甘い汁を吸いたい連中からすると、思い通りにならないので都合が悪い。
だから、どんなに理論的に破綻していても構わないから、とにかく皿と秋家に皇統を移すんだ、という連中が現在跋扈跳梁しています。
ただ、連中にも弱点があって、それは、この悪事の要は皿であるということ。
閨閥をバックにやりたい放題している皿ですが、彼女も88歳ですから、彼女に残された時間はあまりありません。
それを考えると、どうしても派手で乱暴な言動する秋家の連中に注目が集まりがちですが、国民は秋家を叩くのと同時に、皿を叩くことが重要なのではないのかと。
そのためにも今回の記事のように、特に宮内庁職員のリークに基づいた記事を皇室新聞が掲載してくれて、皿の本性にスポットライトが当たるのはありがたいです。
特に彼女は、ミテ、ミテ、ミテコですから、国民に本性を批判されれば、それがダメージになって割れるのも早まるのでないかと思うのですが、どうでしょう?
私の考えは甘いかな。

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匿名

「慈愛のミテコ」の洗脳を解くとっかかりには、
「マコの結婚を支援」、「雅子さまいじめ」、「孫差別」が有効だと思います。
・マコへの生前贈与の噂
・マコの結婚に反対する声を「雑音」呼ばわり
・オランダ静養に対して「私どもは私的に外国を訪問したことは一度もありません」と嫌味
・雅子さまが叩かれても全然かばわなかった
・マコには甘いのに、愛子さまにはティアラを作らせない

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匿名

エロチャブも責任大である。
このボンクラは何を考えて生きてきたのだろう?
天皇でありながらお祈り嫌い。当時の皇太子に任せて自分は皿と全国お手振り行脚。
(福岡のホテルでは、当然のように料金を踏み倒した)
無駄な人生ならまだしも、皇室を汚し、国民に迷惑をかけ、負担を強いた。
平成四人組がやらかした数々の悪事は絶対に忘れてはいけないし、語り継がれていくべきだと思う。
私も記録を付けておいて、死んだ後も後世に残しておこうと思う。

349
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匿名

東日本大震災の時は美談に書かれているが、現場では目に余る行動連発だったのに 思い出した。

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匿名

ミテコと同類で
すごく性格悪いと評判のチャブですから
お妃候補に次々と逃げられまくった結果
ミテコのハニトラにひっかかりましたね。
国家議事録にミテコが20回以上見合いをして
すべて全滅だったと記録される地雷女ですよ。

チャブがいじめていた弟の常陸宮さまは
周囲が華子さまを推薦したご結婚で
今も仲良くされていらっしゃるのに。

277
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匿名

ぜひぜひ。当時を知る人の証言は貴重です。こちらのコメント欄に書き込むなり、情報をデジタル化して拡散してください。

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yoshiepen's journalをぜひ

当時の国会議事録に残っています。『第31回国会衆議院内閣委員会第5号昭和34年2月6日』

yoshiepen様のブログにも。
2019~06-27
『ネットの勝利? 美智子前皇后と秋篠宮家のボロがつぎつぎと明るみに』
(美智子前の虚飾と陰謀術数 秋篠宮家(似非皇族)の崩壊と自滅)

◈美智子前の怨念と同志川島辰彦と組んでの皇室への復讐と皇室簒奪計画
◈新平民(昭和34年の第31回国会答弁より)であること・25回のお見合いや結婚前の行状
◈GHQと組んだ小泉信三が、天皇家に持ちかけた縁談

2022~06-
美智子前の過去から現在に至る唾棄すべき実態に斬り込んだ篠原常一郎氏のライブ⑴
◈キリスト教徒(邪宗)
◈自分をローマ教皇と同等の「empress emeritus」、「上皇后」と呼称
◈血税の無駄遣いーー美智子前の莫大な衣装代(内廷費のグラフ)

2021~06-21
『入江相政日記』が暗示する皇室の「キリスト教汚染」の企み
小泉信三はGHQの回し者か?小泉信三のお膳立てによる「テニスコートの恋」

皇太子教育係 ヴァイニング夫人もその駒?
浜尾侍従長から見た美智子前のヒステリーと傲慢と奔放

2021~03-25
ベンヒルズ著「Princess Masako Prisoners of Chiysanthemum Therone」に書かれた皇后陛下に対する美智子前の凄絶な苛め。

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匿名

見て子の幼稚園、小中高の同級生で現在ご健在の方々、その頃の見て子に関する証言を追加でお願いします。

でも、難しいかな?

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coco

素晴らしい事です❗汚皿夫婦、鬼狐夫婦が長きに渡り、国民を欺き悪事を働き続けた事を書き残し、是非孫子の代まで伝えて下さい 他の方にも語り継いでいただきたいです

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匿名

ミテコはメーガンと同じだと思う。ミテコは平民、メーガンは人種をカードに使ってやりたい放題。
いじめられたと騒ぐけど、最初から教えを乞う姿勢がゼロ。
いじめられてる人が、結婚衣装にディオールのドレスを4着も作れるだろうか?
詳しくは「美智子 ディオール 4着」で検索してみてください。

同じブログ内の『美智子さんの婚約会見のドレスは3日で仕立てたナイロン製!』の記事も興味深い。
マナーを教えられても、ケチってマナー違反してしまう。
そして懇意のマスコミを使って「三越から届いた」と嘘を報道させる。

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匿名

ミテ子さん、民間からということで、差別を利用して、好き放題。
メーガンも黒人ということを利用して、言いたい放題。
鬼子さんも川龍譲りのジンケーンで、やりたい放題。
最終的には、本当は、人間性の問題なんだけど。

KK問題からラスボスが、誰か、わかってきましたね。
G〇Qが、送り込んだ皇室を破滅させるための工作員とか、
いう説も。
安〇さんの息子、鬼子、孫、それが、つれてきたKK.
バカすぎて、悪だくみ、ばれちゃった。
さっさとあちらにどうぞ、キリスト教にも地獄は、ありますから。

226
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匿名

少なくともメーガンはとりあえず自分で稼いでいるので(権利は利用しているけど)、悪人度でいえば税金横領・使い込み・横流しのミテコの方が圧勝でしょう。

216
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匿名

メーガンは自力で稼げる力があるけど
皿とキコのみ
一度も働いた事がないし
家事もできない

他の妃殿下達は世代的に働いた経験はなくても
当時の花嫁修業の必須スキルを身につけていらしたし
語学もこなせるスーパーウーマン

皿とキコができるのはターゲットの異性に
ハニトラを仕掛ける事と自分達に都合のいい
悪事を企む事だけ

今はマコムロが菊のカーテンを壊したから
これまでの悪事が一気にバレて大慌て

独身の頃から何も学ばずに
享楽に溺れた結果
二人ともオツムが弱くて
コンプレックスの塊になって
火病を発症

お妃候補にもならない育ちで
日本人ではないうえに
ハニトラで自分から皇室に入った下品な
皿とキコ

194
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野萩

民間出身だからダメだったという意見は反対です。皇后陛下をも貶めることになります。
大切なのは出自ではなく、新たな世界に踏み込んだ時にどう振る舞うかでしょう。
様々なしきたりだらけの皇室、謙虚に誠実に教えを請うて、それを自身のものにしていくことができる人であれば何も問題はなかったのです。
彼女のダメな点は、教えて頂く身という認識がなく、指摘をいじめと捉え、夫に「お前らいつか下の立場になるんだから妻にウダウダ言うな」と反論させたことですね。
悪いのは出自ではありません。彼女の人間性です。

248
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匿名

まず妃の出自は平民かそれ未満かで線引きすべきです。

平民以上なら税金で養われることの意味、納税者の感情を
よく理解し心して動きますが、平民未満だと被差別感情が
平民以上への報復感情、他罰感情となって、満たされぬ心
を奢侈を極めることで慰藉されようとしてくるからです。

その結果が、御所はたった8億円で改修しただけなのに
駅南妃のアジトは44億でもまだ足りないと金ぴか御殿で
あまりの下品テイストぶりに御出自を垣間見る有様に。

ただ同じ平民でも、見て子は非士族、雅子さまは士族で
正直江戸時代なら雅子さまの御家系が上となります。
その微妙な違いが、代替わりでの改修費に出ています。
現皇室では、妃出自が低くなるほどに奢侈度は反比例し
結果的に悪趣味だと、ファッション含めて批判を受ける
情けない状況が露わなのです。

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匿名

1993年美智子様の失声症の診断と
2021年眞子さんの複雑性PTSDの診断は同じ病院で出された診断だそうですよ。

すごい権力の持ち主なのですね。

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匿名

某(思いだせない)YouTube動画のコメントで
皿屋敷の近くに実家があったという方が、
おさらがA医師に通っていたと書いてありました。
おさらが嫁ぐ前か?嫁いだ後か?
その方のコメントをコピーしておくべきでした。
まこさんの会見のとんでも発言には驚きましたが、
A医師の後ろにはおさらがいたのでしょう。

137
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匿名

胡散臭い病院もあるのですね。権力に屈する医療関係者が多いのが残念
馬子を診断した病院や済〇会病院も確か皇室と関係もあり反〇とも関係があり芸能人の他〇も自〇で処理してくれる恐ろしい病院だというのを読んだことある

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断片的でけど、過去の投稿から

美智子さまも昭和の時代に山田東宮侍従から「人づかひが荒いこと、つまらない臣下のあらをとりあげないこと」と進言されたほど職員をネチネチいびるタイプだった。 (『入江侍従日記』 昭和40年3月24日より)

梨本伊都子さんが美智子さまの婚礼の日に書いた日記に、日本も終わりだと書いた

2021年6月2日 17:24
満州朝鮮族の娘と英国神父との禁断の間に出来た娘が教会孤児院にいて、それを皿の母方祖父が養子として貰ったのがお皿さんの母だという記事がありましたね。ネットで探せばどこかにあると思います。

ミテコの母富美さんは北朝鮮人系中国人とイギリス人牧師との孤児で、正田家は被差別部落民である。
 そしてミテコは富美さんが西武のホテル、デパート創業者で北朝鮮人で部落民 堤康次郎と懇意になり、生まれた子。

正田の爺さんが満州で置屋のパンパンを水揚げして帰化させたのと同じ。そのパンパンは皿の母ちゃんだけどな。

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過去の理非曲直の記事

聖心女子大学の成績ては、Aも幾つかありましたが、BもCもあり優秀とは程遠い成績。強いて言えば 中の上でしょうか。
総代はその当時生徒会長をしていたためで、成績優秀者がなる通説はなかったようで、学生時代から非常に気の強さがあり、何事も一番でないと気の済まないところがあったようです。
今日の皇室に於いての雅子皇后陛下のハイスペックなキャリアに負けたことによる、嫉妬が渦巻き同類の紀子を巻き込み虐めに走ったことは、学生時代からその片鱗がありました。

独身時代は夜な夜なパーティーに繰り出し、ダンスホールでお遊びも盛んでした。
何故その独身時代、明仁皇太子がどうしても妃に迎えたいと言っても、当時は戦後まだ12〜13年しか経っていない昭和32〜33年頃です。

美智子嬢は幾らお金持ちになったとは言え、その当時は女性は花嫁修行させられ、生け花、お裁縫、お茶を立てるという習い事を親から強いられていた時代です。

そのお稽古ごとよりもダンスホールに通い詰め、美智子嬢が男の方とダンスする写真もありましたね?男の方にタバコに火を付ける写真も残ってます。
要は遊び人であったと言うことでしょうか。
自由人を謳歌していたのでしょう。
こうして振り返ってみると、出自も皇室へ上がれるような女性ではなかったのです。

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匿名

個人的にこの「令和の醜聞」で、もう80%「皇室はお終い」だと思っています。
篠原先生曰くの「関わった所には不幸が訪れる」のKK母とA宮家との関わり。
また皇室に「ケガレ」を入れて「絶対にダメ!」との事ですが、時既に遅しで、上皇后の忌まわしい「ケガレた血」が天皇家には入ってます。
結果、A宮の無軌道が「鬼門の嫁 K」を迎え、更にその間に誕生した子の婚姻によって、また進学疑惑によって、「疑惑」は更に増幅されて現在進行形です。 
仮に皇統が「敬宮さま」に継承されたとしてもその「ケガレた血」は消えません。
皇室初代の神武天皇の血よりも強く作用発現し、先々何れ様々な問題を引き起こしましょう。

「関わった者の不幸」と「ケガレた血」の二重の不幸。
そして菊のカーテンが通用しないネットの時代。それら真実を国民が知って嫌避するという「三重の不幸」によって、遠からず今の天皇制は崩壊するか、改変せざるを得ないのではと・・・
平成・令和の天皇陛下が余りに不甲斐なく、もう少し毅然とした大和オノコであったならと悔やまれますが、「皇統の危機」とは、誰あろう。平成・令和の天皇陛下自らの、余りに不甲斐ない姿勢が作り出したものと思えてなりません。
「高貴なるものの社会的責任と義務」を上皇が全うしていたなら、上皇后の「穢れ」を戒め防ぐことも出来、上皇と御学友との親交も続いていたでしょう。
また高円宮 久子さまが「秋篠宮家に皇族の資格無し!」と断言する事や、三笠宮家の信子さまが、職員を通じて紀子さまに、「今すぐ皇族を辞めるべきだ」や殿下に「あの女とはすぐに離婚すべきだ」と発することも無かったでしょう。

物事を黙って静かに容認することは時に「罪悪」であり、帝王学ではありません。あの時皇室の為に毅然としてM子さんの結婚を反対しなかった天皇陛下の責任は、皇族のトップ、天皇家一家一族の長として重大です。
これ程に世界中を賑わせ、国民を落胆・憤慨させていながら、今もって沈黙を続ける姿勢は「国民に寄り添う」どころか国民を蔑ろにするものに見えます。
「自浄作用を放棄」したものが衰退消滅するのは世の摂理です。何れ遠からず今の天皇制は破綻し、皇室は「今とは違った立ち位置」とならざるを得ないでしょう。
今のような「日本国の象徴・日本国民統合の象徴」という立ち位置は、国民の理解は得られないと思います。
腐敗した皇統が存続するより、そんな皇統とは決別しても、日本人が日本人としての自覚と矜持を持って、前向きに力強く生きてゆくほうが大切でしょう。
この世の全ては時と共に変遷するのが定めです、2千6百年であろうが何一つ変わらないモノが無い事こそがこの世界です。

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匿名

長い歴史から生まれたその国の体質のようなものは、なかなか変わらないと思う。
皇室を廃したら、他のもっと醜悪な、習近平の個人崇拝のようなものが取って代わるおそれがある。現に安倍元首相はその危険性があったと思う。
もしそのような新しい「皇室っぽいもの」ができた場合、法の整備が追い付かず、法に規制されない恐ろしい代物になる可能性が高い。

やはり敬宮様に皇太子になっていただきたい。

134
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匿名

>長い歴史から生まれたその国の体質のようなものは、なかなか変わらないと思う

確かに変わらないものもありますが、殆どの物事は常に変化し、時の流れの中で加速度を増す物事も少なくありません。
日本においても、太平洋戦争を挟んで「激変」ですし、戦後の昭和と、今の令和で「別世界」かと思う程大きな違いです。
連綿と流れる時間の中で、我々が気づかないだけで、実は激変しているのではないでしょうか。

皇室の変革については全くの未知数ですが、皇室に生まれたと云うだけで、自由な人生を選べず、様々な制約を受けることは、ご本人にとっても国民にとっても、時に不幸であり、M子さんのような問題は、今後も繰り返し起きるでしょう。
日本人として「国民の権利と義務」も備えて戴き、その上で意欲を持つ方だけが皇族として「神道祭祀」と「皇族としての人間性の向上」の人生を歩むべきであり、それに対して国が一定の支援をすべきでしょう。
皇族の権威に胡座をかいて我儘を押し通すような人間では、国民の理解や敬愛は受けられません。

やはり憲法そのものを改め、今とは違った形で天皇や皇族の立ち位置を定め、「皇統の継承」を考えるべき時期だと思います。

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日本の皇室はどうなってる⁉️❓️

小内誠一さまの記事

❮❮国民の声を心無き誹謗として非難し、その一方、美智子さまを絶賛し「深く傷つかれ、嘔吐に耐え続けながらも、美智子さまは新皇后を思いやり続けていたのだ――」と締めくくっている。

国民の非難の声を塞ごうし、権威側を称賛するという構造。
本来ならば国民の声を取り上げ権威側を批判するのがメディアの本懐ではないのだろうか? 
雅子さまのオランダ療養に対し心無いコメントを言ったことや、皇居から引っ越しが終わっていないことは事実であるから、国民がこのように思うのは当然のことだ。

にもかかわらず、美智子さまを絶賛し続けるという異常な構造は、令和になっても一向に衰えることはない。❯❯

寄せられた投稿1つ
❮❮昭和天皇が亡くなったあと、JkGが香淳皇后を追い出そうとしたけど、いくらなんでもそれは酷すぎると今上皇が意見した、と待従が日記に書いてた記事を読んだ覚えがあります。❯❯

小内さまが身の危険を感じ、退かれて1年が経つ。美智子さんは未だに元気で豪権の持ち主だ。恐ろしい❗️

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匿名

親しくしている絵本編集者に美智子は、上皇から「あなたと結婚してよかった。」と告げられたことを伝えたそうだ。

館林での二大企業。 正田醤油と日清製粉。
企業家の子女である美智子には、皇室に嫁ぐことにより親族に利益誘導することが使命だった。美智子が自分より弱い立場の職員たちには非常に辛辣だったのは、上皇の心さえキャッチしていればあとは全て上手く行くと踏んでいたから。マコの心さえ掴んでいれば全て良し。とのコムロの心と繋がっている。

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